2020年西念寺報恩講 法話 海法龍氏(横須賀市長願寺)  

安心・安全・安定を脅かすもの

コロナウイルスが出て来ると、安心・安全・安定が脅かされます。そうすると、このウイルスは悪、コロナウイルスの患者さんも悪。その周辺の人達がいると、自分もうつるかもしれないので、その周辺の人達も「来るな」。逆に、今度は「何でそんなふうにうつったんだ」と攻撃される。非難される。普段の生活してて、たまたま感染したと言ってもね、テレビのキャスターさんでも感染して、皆さんに「すみません」と謝ってたじゃないですか。本当は謝る必要はないんだけど、謝らねばならないほど、人間の目が厳しい。皆、安心・安全を脅かすものは敵なんですね。コロナウイルスは敵だ。罹った人も敵だ。そりゃね、亡くなっていく人がいるから、コロナウイルスは敵だから、撲滅しなくちゃいけない。それはそうですよ。予防していかなくちゃいけないしね。だけど、何か一線を越えてしまって、とても過剰になっていく。

コロナウイルスが敵だって言うけど、その敵だっていう状況を生み出したのは何かということが、問われて来なければならないでしょう。この現状を生み出したのは、コロナウイルスの問題なのかという話ですよ。コロナウイルスかもしれないけれども、「コロナウイルスが私たちに感染するような状況を誰が作ったのか」と言って、この状況から私たちは問い掛けられているはずなんです。ずっと問い掛けられているんですよ。だって、人間はずっとウイルスと対峙してきたから。親鸞聖人の時代も伝染病が流行った。蓮如上人の時代もやはり伝染病が流行った。皆、ウイルスですよね。だけども、それがウイルスが原因だと皆、分からないんですよ。うすると、どうなるかと言うと「奇病」です。何か祟られているんじゃないか。悪霊が付いているんじゃないか。前世で悪いこと、悪業を積んだんじゃないか。行いが悪かったからじゃないか。こういう形で非難される。今と変わらない。罹った人達は、その家族は、もうその地域に居ることができません。村八分です。一家離散です。そういうことが親鸞聖人の時代もあったし、蓮如上人の時代にもありました。そのことをどう受け止めていったらいいんでしょうかという形で親鸞聖人のお寺にお尋ねし、蓮如さんのお寺にお尋ねするお弟子さん達がいらっしゃった。それに応えた親鸞聖人のお手紙があるし、蓮如上人のお手紙があります。南無阿弥陀仏のところで生きていく姿がそこにあります。だけど、人間というのはどうしても愚かだということ、安心・安全・安定ということを求めて、そしてそれを求めるあまり、私たちの中に反って苦しい状況を作ってしまうということがあるわけです。

コロナをもたらしたのは?

コロナウイルスだってそうですよね。何故、今のような現状になったのか。医学や生物学の先生たちはこう言ってます。ウイルスと私たちの生命、動物の生命は非常に密接な関係があって、ウイルスがあるから今の私たちの個体としての生命体が成り立ってきた。1970年代に人間の胎盤から大量のウイルスが発見された。ウイルスが無ければ胎盤が形成されなかったということだから、つまり人間が今のような人間としてあるということは、ウイルスによって成り立っている。それを人間由来のウイルスと言います。他の動物には他の動物由来のウイルスがあるわけです。私たちは自然環境を利用して発達してきたんです。そうすると、その自然環境を開発して行かなくちゃいけない。アフリカでも南米でも中国でもどこでもそうですが、その奥地が開発されて、野生動物が棲家を奪われて、環境が悪くなってますから食べ物もなくなっていくわけです。そうすると、野生動物と人間が触れ合うことが非常に多くなって、たまたま人間がその野生動物の毒性の強いウイルスに感染した。それが近代から現代にかけての特徴だと言うわけです。自然から我々は支えられていることを忘れて、ただ経済発展のためにのみ自然を利用し搾取して、その結果としてこのコロナの現状を生んでいるのではないでしょうか。