2026年 西念寺永代経 法話 本多雅人氏(葛飾区蓮光寺)

講題「あなたは善人ですか? 悪人ですか?」
2026年4月19日、永代経法要が満堂の盛況の中で営まれました。蓮光寺の本多住職を講師に迎え、『歎異抄』でも有名な「善人・悪人」の真意について、身近な事例とともに分かりやすく紐解いていただきました。当日のお話の一部を抜粋してご紹介いたします。 (編集委員会)
以下は、2024年11月3日に西念寺の報恩講でご法話いただいた内容を、西念寺のおしらせ編集委員が、独自に抜粋および編集したものです。そのため、掲載された内容等について、御講師へ直接問い合わせることはご遠慮くださいますようお願いいたします。<西念寺より>
当日の配布プリントより
あなたは善人ですか? それとも悪人でしょうか? そう聞かれたらどう応えるでしょうか。
善人ですと応えるか、悪人と応えるか、善人の時もあるし悪人の時もあると応えるか、わからないと応えるか。
阿弥陀さんは、すべての人間は悪人だと、なのに善人になってしまっていることに気づきなさいと呼びかけるのです。阿弥陀さんは何を私たちに気づかせようとしているのでしょうか。
善人? 悪人?
我々のような人間が、善悪の区別をしっかりできるのか。一般的には「何が善で何が悪か、ちゃんと見極められるような人間になりなさい」と教わるわけですが、本当にそうだろうか。どうも仏法に照らすと、そうではないんじゃないか。
今日のテーマですが、「あなたは善人ですか、悪人ですか」という質問をされたら、何と応えます? 僕はこう応えます。「どうも悪人らしい」と。阿弥陀さんの教えを聞いていると、どうも僕は悪人らしいんですね。僕たちが考えているような善悪よりも、もっと深いところで言葉を押さえているのが、阿弥陀さんです。
阿弥陀さんからの呼びかけ
「あなたは善人ですか、それとも悪人でしょうか」と聞かれたら、どう応えるでしょうか。「善人です」と応えるか、「悪人です」か。「善人の時もあるし悪人の時もある」か、あるいは「分からない」か。人それぞれです。
しかし、阿弥陀さんは「すべての人間は悪人だ」と言っているんです。ここで「悪とはどういうことか」ということが大事なんですね。決して「悪いことをした」という意味ではなさそうです。そうではなく、「善人になってしまっている(自分を善人だと思い込んでいる)ことに気付きなさい」という意味なんです。僕たちはどこかで自分を善人だと思っているけれども、阿弥陀さんは「皆、悪人しかいないんだよ」と言っている。そういう呼び掛けを通して、私たちに何を気付かせようとしているんだろうか。今日はこういうことを、ちょっといただいていきたいんです。


